vol.11「マアルの肌着ができるまで 後編 糸から生地、そして肌着へ」
2018年に発行したippo
「マアルの肌着ができるまで 前編 綿から糸へ」では、
マアルがフェアトレードのオーガニックコットンを選ぶ理由、そしてマアルの肌着の中で最も多く使用しているbioRe プロジェクトというフェアトレードのプロジェクトがどういう取り組みと社会貢献をしているかを、インドにあるコットン農場へ櫻木が訪れたレポートを中心にお伝えしました。
いよいよ後編、舞台は日本。
オーガニックコットン糸がどのような人や技術に支えられ、肌着になるのかをご案内します。
渡良瀬川が流れる栃木県足利市と桐生市へ
西の西陣、東の桐生と呼ばれるほど、昔から繊維の街として有名なこの地域には現在も繊維産業を支える小さな町工場がたくさん残っています。
かつて綿や絹の織物が中心だったこの地域は戦後、洋装の発展とともに編地の生産が中心となっていきます。
工程ごとに独立している工場群
桐生・足利に限らず日本の繊維工業は江戸末期ごろから工程ごとに分業化、それぞれが連携しあいながら産業都市として栄えたところがほとんど。
生地を発注すると、「糸の下処理(ワキシング等)」、「編みor織り」、「洗浄、乾燥、巻き」といった工場が連携することになります。
糸の下処理〔ワキシング工程〕
編んだり織ったりする前に、強度を持たせ、滑りをよくするための「ワキシング」という工程があります。
通常は化学合成ワックスを塗布しますが、マアルで使うものには、なんと「みつろう」を付けるのです。
みつろうの塊の下を糸が通り、コーティングされていきます。
生地を編む〔ニット工場〕
編む=ニットといいます。糸をループ状に編んでいくことで生地に伸縮性が生まれます。
マアルは弾性糸などの化学繊維を一切使わずオーガニックコットン100%で作った生地を使用しているため、フィット性を持たせたい肌着にはソフトな伸縮性を持ったニット生地を使用しています。
マアルの肌着に使うニット地の産地は主に和歌山と、今回取材した足利です。
目に飛び込んできた、見たこともない大きな針だらけの物体にはじめは本当に驚きました。
シャーシャーという高い音が鳴り響く工場内には、大小様々の「丸編み機」と呼ばれる筒状に編み上げていく機械が並んでいます。
ゲージ数(目の細かさ)や筒幅、網目の模様、編み方の種類によって機械が変わります。
1台に2,000~3,000本の針がかかっていて、糸が周りからぐるりと蜘蛛の巣のように伸びています。
生地の色や厚みを変える際には糸を付け替えますが、これだけの装置に1本1本糸を通していく作業は熟練した職人さんでも丸1日かかるそうです。
少しの風でも糸調子が狂うことがあるため、ビニールカーテンで機械同士を遮る配慮をし、さらには気温や湿度に合わせて糸の調子を整えるべく、常に様子を見回っていらっしゃいます。
たまにビービーと警報音がなるのは糸切れ。
数千本のうち1箇所でも、切れてしまったことに気づかず編んでしまえば数メートルのロスになってしまうため、自動的にストップがかかるようになっています。
最新機械のように見えますが、どれも結構な年数が経っているそうです。
機械にはメンテナンスができる熟練の職人さんが必要で、機械はあれど職人さんが減ってしまったことで使えなくなってしまい、止まったままの機械がたくさんありました。
近隣に点在するニット工場の数は戦後のピーク時の半分以下に減り、残っている工場の稼働率は50%に満たないところが多いそうです。
腹巻を編む〔ニット工場〕
創業50年になられる編み地の工場さんとの出会いは助産師学会で。
工場オリジナルの腹巻きを作り、長年、社長自ら学会で販売されていらっしゃいます。
朴訥としてお優しいお人柄はベテラン助産師さん達に大人気でいつも囲まれていらっしゃいます。オーガニックコットン糸でも作れるんだよ、と教えていただき、「マアルの腹まき」が完成したのが6年前。
天然ゴムの周りをオーガニックコットンでコーティングし、オーガニックコットン以外肌に触れないこだわりの仕様の腹まきは、以来なくてはならない人気商品です。
足利の工場で見た機械より、こちらは小さな口径のもの中心で、機械の色も形も、天然木の床まで全体で社長さんそのもののような親近感を覚えました。ご家族と近隣に住むパートの方々と営んでいらっしゃいます。
生地を洗う/染める〔染工所〕
編み上がった生地はその後「染工所」と呼ばれる工場へ運ばれます。
糸に付着しているワックス(マアルの場合はみつろう)を洗い落とし、検品して出荷できる状態にしたり、必要に応じて生地染めを施すのも「染工所」です。
幅広の生地を洗えるような長い大きな洗濯機
この洗濯機に生地を投入する前に、他の洗剤の残留物がないよう綺麗に予洗いしてからという念の入れ様に頭が下がる思いでした。
ドイツ製のオーガニック洗剤「sonett」を使い、お湯でみつろうを洗い流しています。
開反、乾燥
検品 検針
出荷
刺繍レース〔レース工場〕
マアルの新月ショーツ、アンドトゥモローのレースショーツのレースは、この工場でマアルオリジナルのものを作っていただいています。
エンブロイダリーレースという、土台になる基布に刺繍をして作り上げるレース。
布はもちろん、表、裏の糸も全てフェアトレードのオーガニックコットンだけで作っています。
文字にしてしまえば簡単ですが、実は国内でこれが可能な工場は他に見つかっていません。
裏糸は化繊糸、というところは見つかりましたが、マアルでは肌に触れるところなら尚更オーガニックコットンを希望しているのでそれではダメなのです。
マアルオーダー品を作る際には、数千本ある針全部にオーガニックコットン糸を付け替える作業が必要です。気が遠くなりそうです。
年々レースの発注量は増える一方。
それでもマアルのオーダーだけで1台の機械を所有するなんて遥か遠い彼方の夢。
それまで工場の方には、この大変な糸替え作業を数か月に一度お願いし続けるしかありません。
デザイン案を符号化した基盤(緑の幅広のテープ)。
この基盤を読み取って、十数メートルある機会ががガチャンゴトンとすごい音をして動きます。
巨大でクラシカルな機械から、繊細なレースが生まれる光景に圧倒されます。
生地を織る〔織物工場〕
富士山のふもと 富士吉田市
満月パンツやハンカチのダブルガーゼ生地などを織っていただいている富士吉田市の前田源商店さんを訪ねました。
富士山のふもと、富士吉田市は養蚕業が発展し、豊富で澄んだ湧き水が発色のいい染めに適していたため、遥か平安時代から絹織物が発展。
今も「機織りの街」として様々な繊維産業が立ち並んでいます。 足利と同じく工程ごとに分業化されており、生地が織り上がるまでに様々な工場と連携します。
マアルがお世話になっている前田源商店さんは、日本の「オーガニックコットン織物生地」を牽引する代表的存在のテキスタイルメーカーさん。
糸染め
織る前に糸を草木染めします。
驚いたのは工場の天窓の意味。自然光で色味を確認するためだそうです。
枷(かせ)にした糸の油分や汚れを落とすにもここでは合成洗剤など使わず、ぬるま湯で。
その後、茜やログウッドを煮詰めた液を少しずつ加えながら、徐々に色をつけていきます。
普段は機械化しているそうですが、わかりやすく説明するために手作業で染めてくださいました。
染め上がった糸を糸巻きに巻きつける作業
おばあさんがお一人でしていらっしゃいました。
枷を解くだけでも難解な手品のようです。
「子どもの頃から祖母や母がするのを目で見て覚えたのよ。教えてなんてくれないわよ」
とお話してくださいました。
古い手回しの枷を使って説明してくださいましたが、日頃は電動機と併用していらっしゃるそうです。
整経
大きな織り機にセットするため、あらかじめ糸のテンションを整えながら、揃えていきます。
ジャガード織機
大きくて圧倒されます。
天井から蜘蛛の糸がファーっと降りて来ているような。
細く、優しい色に染まった糸が天井からたくさん扇状に広がっている様子はとても美しい。
機械は、ここもまたレース工場のように「紋紙」と呼ばれる機械の指示書のようなものを使います。丸穴の数や位置で、大きな機が上がったり手前に動いたり降りたり。ガシャンガシャンガシャンとリズミカルな音がしています。
オーガニックコットン特有の柔らかさを失わないよう、低速で糸の張り方も気温や湿度に応じて調整しながら織るため、1日で30m前後織るのがやっとだそう。
ふわっと空気を孕んだ独特の気持ち良さは無数の工夫と熟練した技によって生まれています。
吉田うどん
お蚕さんの糸を触るには滑らかな肌をした女性の細い指でないと引っかかってしまいます。昔からこの辺りでは、男性が水仕事を一手に引き受けていたそうです。
農作業の合間にささっとできる、うどんで、しかも太い。家の中の1室を改造したような小さなうどん店が点在しています。産業と食が連動していることを実感。また食べたい!
染める(草木染)
瀬戸内の資源豊かな島 広島県向島
広島県尾道市。尾道から船で5分という向島に、マアルのレースを染めていただいている「立花テキスタイル研究所」があります。
関東から尾道に移住され、この研究所を開いた代表の新里カオリさん。
「不用」とされるものを「資源に」読み直すモノづくりを、近隣の畑でとれたものや廃材を染め剤にし、草木染めをしていらっしゃいます。
新月ショーツネイビーのレースは、近隣の家具屋から出た胡桃の廃材でグレーに染めています。
縫う〔縫製工場〕
マアルでは自社以外に、国内5箇所の縫製工場さんで縫っていただいています。
柔らかなオーガニックコットン布を、オーガニックコットン糸だけで縫うこと、しかも着用・洗濯の頻度が高い「肌着」を縫うということがどれだけハードルが高いか。
わたしは化学繊維の糸が肌に当たると赤くなったり痒みを覚えたりするため、糸はオーガニックコットンしか考えていません。
マアルを始めて縫製工場を探し回っていた頃、オーガニックコットン糸を使うことが懸案事項の一つとなり、ことごとく断られました。(今思えば、糸の問題だけではなかったかも。何もかも無知だったので。)
その他にもマアルの肌着を生産するにあたっては色々とハードルがあります。
生地はオーガニックコットンの風合いをできるだけ残すため最小限の下処理にしています。
とても柔らかな生地は巻きをほどき裁断するまで、数日待つ必要があります。
高速で縫うと糸が切れるのでゆっくり低速で。オーガニックコットン糸は繊維が飛び、こまめにミシン周りを掃除しないと不具合が起こります。
こういう手間と時間がかかる肌着を縫ってくださる工場さんと、10年をかけて出会えてきたのは本当に奇跡で、ありがたいことです。
三重県
三重県の山あいで、創業50年を超え、3代目の社長さんが生き生きと切り盛りしていらっしゃる工場。工場内には最新の設備が備えられ、清潔でとても気持ちがいいところです。
ショーツやタンクトップ、キャミソールなど、一番多くの品目を縫っていただいています。
マアルの肌着の中で最も薄く柔らかい生地を使用している「アンドトゥモロー」を直線ミシンで縫うという難題を引き受けてくださっているのがこの工場。それでもこの「アンドトゥモロー」を縫えるのはひとりの熟練の職人さんだけなのです。
新月ショーツのレースはオーガニックコットンならではの弛みがあり、ミリ単位で模様の大きさが違うため重ねてまとめてカットすることができず、山の数を数えながら一つ一つ切っていきます。オートメーション化された工場なのに、マアルの肌着の生産においては手作業によるところが多い中、毎月たくさん縫っていただいています。
鳥取県
広島から車で山々を超え、片道4時間。
倉吉盆地は江戸時代、絣の産地で栄えたこともあり、やはり繊維産業の名残があります。
ここにあった大きな縫製工場にタンクトップの生産をお願いしていましたが、その後工場は閉鎖。あの時は本当に心配しました。たくさんの腕のある職人さん、立派な道具達はどうなっていくんだろうかと。
そんな中、その工場にいらしたある職人さんが一念発起、新たに工場を立ち上げ、マアルのものを引き続き縫ってくださると電話を受けた日の感動が忘れられません。
今では一番お付き合いの長い工場さんになりました。
山口県
ブラジャーを縫っていただいています。
出会いはずっとずっと前。
縫製工場を探し回っていた頃、「うちでは無理だけどここはどう?」とある工場長さんが紹介してくださり、訪ねていったのがこの工場。
縫製工場で女性の社長さんとは初めて出会いました。
縫うところがなく困り果てていた初対面の私の話をとても親身になって聞いてくださいました。
ブラジャーの工場だったので、まだブラジャーの「ブ」の字もなかったその時は、お仕事には繋がりませんでしたが、前述の鳥取県の工場を紹介してくださったばかりか、なんと片道4時間の道のりを日帰りでその工場まで私を連れて行ってくださったのです。
今、思い出しても涙が出ます。
こんなにハートの温かい方にブラジャーを縫っていただいて幸せだなと思っています。
パターン制作
広島県
新商品を作るたびにパターンを作っていただいています。
相変わらず「ここがこういうふうになったら」という生産工程を度外視したことをお伝えしても、必ず実現に向けて一緒に考えてくださる方です。
アンドトゥモローや、ブラジャー、そしてリラックスウエアなど、洗練されたパターンと豊富なご経験を惜しみなくマアルに注いでくださるマアルの大切な恩人のひとり。
縫うところがみつかるまで、と仰ってくださり、太陽パンツは数年にわたり縫製をしていただいていました。
縫う・検品・パッキング
広島県 マアル
マアルの拠点「素」にある小さな縫製工場では、ウエアを縫うだけでなく、各地の縫製工場から届いた肌着の検品や、パッキングをしています。
縫製工場の仕切り壁は四国の杉。低温乾燥させることで歪みや乾燥を防ぐ薬剤などを使わなくていいという、こだわりの建材を使い、空間内に揮発する化学物質が出ないように工夫しています。
担当の社員が中心になり、細心の注意を払って検品・確認をしています。
まあるい繋がりに思うこと
綿から糸、糸から生地、生地から肌着へとお伝えしてきました。
このつながりの先にはお客様がいらっしゃいます。
お使いくださる方々がいてこそ、私たちは生地を発注し、縫い、お届けする営みを続けることができています。改めてお礼申し上げます。
日本の繊維産業は心細くなるいっぽうです。
一朝一夕には成し得ない技術を持った職人さん、あとを継ぐ人たちがこれからも続いていかれるよう願わずにはいられません。
マアルに関わってくださっている現場の方々は若くてポジティブな方たちばかり。
みなさまからいただく「気持ちがいい」というお声を現場へ届けると、いつも本当に喜んでくださいます。この方々の真摯な仕事なくしてマアルの肌着は生まれません。「気持ちいい」には、様々な理由があって、このつながりもひとつの大きな「気持ちいい」要素だと確信しています。